ギマラス島重油事故

国際交流プログラム

日本語教師
ワークキャンプ&スタディツアー
英語研修&週末ボランティア
ホームステイ
ロングステイ


国際協力プログラム

こども医療サポート
こども学資サポート
物資・衣類の寄付
フェアトレード
生計プロジェクト(養豚)
ギマラス島重油被害支援
チャリティフリマ
スモーキーマウンテン支援

  オイルブームと呼ばれる油漂着防止の竹
写真≫ クリーンアップ&避難所

4. 行政・企業による取り組み

★8月12日- Solar 1の沈没事故がペトロンに報告される
★8月13日-被害状況を査定するための航空機による調査が実施される
★8月14日-ペトロンがフィリピン沿岸警備隊(PCG)と共に第1段階のクリーンアップを開始。海水の表面に浮遊する油が海岸に漂着しないよう、PCGの事前承認を受けた油処理剤(分散剤)が利用された。
★8月25日-マカパガル大統領が、ギマラス島重油被害を“国難”として認知した。
★8月30日-海底に沈没しているSolar 1の海中位置を確認し、船舶の状態を把握するため、日本の救助船「新生丸」が到着。含油スラッジが漂着した地域で行われた大気調査で高度の毒性が確認されたことから、地域住民の避難が開始された。
★9月6日-船主責任相互保険組合、国際油濁補償基金、およびSolar Iの保険会社とペトロンはそれぞれ、ギマラス島で補償手続きを開始。
★10月13日-政府は第1段階のクリーンアップが終了したと公表。クリーンアップにより1.3キロメートルの海岸から重油が取り除かれた。環境天然資源省および科学技術省が、第2段階のクリーンアップに向け、環境再生計画の立案を開始。
★10月26日-国際油濁補償基金の実行委員会が、Solar Iの船舶内に残る重油の抜き取りに関する費用拠出を基本承認。
★10月31日-毒性ガスの危険性が解除されたため、環境天然資源省の勧告で非難住民が帰宅。
★11月8日-ギマラス油濁事故タスクフォースが、マングローブのクリーンアップ(第2段階)についての事前調査の結果を発表:
1.マングローブのクリーンアップを管轄する林業関係者チームを設立し、作業のガイドラインを作成する。
2.クリーンアップが実施される地域では、住民も活動に参加する。
住民は事前説明会に出席し、マングローブの正しい扱い方と重油除去方法などについて学ぶ。
3.監督者向けのオリエンテーションは2007年3月8日に実施され、その後監督者が住民へのクリーンアップセミナーを実施する。
11月20日-ギマラス島で回収された重油(砂・石を含む)59,000袋(630トン)を積んだ荷船がミンダナオ島ミサミスオキシデンタル州に向かう途中で沈没。深刻な被害はないと政府見解。
★11月22日-Solar Iの保険会社および国際油濁補償基金が、水中工事会社に沈没船の残余重油抜き取り作業を発注。
作業は来年2月から20日前後で完了する予定。
日本ではあまり取り上げられていないフィリピン行政と企業(事故責任のある石油会社ペトロン)の取り組みをまとめました。
LOOBスタッフが実際にギマラス島住民から確認した情報も絡めてご紹介します。


クリーンアップの日給300ペソ


ペトロンは8月中旬から、被災地の住民を雇用し、海岸に打ち上げられた重油を除去するクリーンアップ活動を実施した。
住民に支払われた報酬は1日(9時〜15時)300ペソ。
地方の日給としてはなかなかの好条件とあって、男性ばかりか女性も「我こそは」と積極的に参加した。

行政やペトロンから補償の提示がなかったため、住民はクリーンアップ活動を「国とペトロンからの補償金」と認識していた。

しかし、一つのバランガイ(行政最小単位)から参加できるのは1日50〜70人と制限があり、1人が働ける回数は1週間に1〜2回だけだった。

実際の活動は、吸い取り紙でサンゴ岩場にたまった油を吸収したり、砂浜の表面に打ち上げられた重油をスコップですくい、コメ袋に入れてバケツリレー式に一箇所にまとめるというかなりの力作業。

9月7日には保健省が、ガスマスク・グローブ・長靴・長袖・長ズボンを身に着けないとクリーンアップには参加させないという通告を出すなど、行政の管理の下でクリーンアップは続いた。


一方では重油垂れ流し

上空から見た被害
クリーンアップが行われる一方、重油タンカーは今だに海の底に沈んだまま。
上空には毎日のように観測機が飛び、重油漏れが確認されるたびに沿岸警備隊とペトロンが化学分散剤を散布して、重油を拡散・沈殿させた。

この化学分散剤について、専門家からは早くから「生分解されず重油より環境へのダメージが大きい」と疑問の声をあげていた。タンカーという「元凶」が引き揚げられない上に、化学分散剤による二重の環境被害が指摘された

案の定というか、いまさらというか、9月26日、
フィリピン政府の科学技術省がシリマン大学の研究を基に「化学分散剤の使用は有害である」ことを認めた。国際協力機構(JICA)が8月21日に4人の専門家を日本から派遣した際、「海上浮遊油に対して現在使用している油処理剤は効果的であることを確認した。」と報告していたはずだが……?

この助言はいったいなんだったのだろう?JICAの報告はこちら


海岸クリーンアップ、2ヶ月で終了


ペトロンのクリーンアップ活動は、行政(Nueva Valencia町)、保健省(Department of Health)、沿岸警備隊(Coast Guard)の管轄の下で行われた。
10月7日までにペトロンが拠出したクリーンアップ費用は4,300万ペソ。
うち半分以上は(9月末に環境汚染と指摘された)化学分散剤に、また1,480万ペソが住民の雇用に充てられた。

LOOBでも10月7日にギマラス島周辺の海岸を視察したが、事故直後と比べるとクリーンアップ作業のおかげで砂浜の表面はかなりきれいになっていた。
しかし砂浜を10cmも掘ると重油が確認できた。外見の美化はなんとかなるが、後は自然の浄化作用に頼るしかないのだ。
また、10月の時点では、砂浜自体はきれいになったが、ビーチの木陰には油と砂が詰まった大量のコメ袋が4、5メートル四方に積まれており、行き先のない廃棄物が景観を損ねていた。

国防省は10月13日、第1弾の砂浜の油除去を終了したと発表しました。
第2弾はマングローブやサンゴ礁などの海洋資源復旧する作業で、環境天然資源省(Department of Environment and Natural Resources)が中心になり11月から開始されると発表した。(が、結局マングローブの清掃は最後まで実施されなかった)


国際油濁補償基金(IOPC)の全面補償決定

新聞に掲載された風刺絵
英ロンドンに本拠を置く国際油濁汚染補償基金(IOPC)は、10月26日、ギマラス島の重油被害を全面的に補償することを決定した。

補償は:
1.沈没タンカーからの重油抜き取り作業の費用負担
2.漁民への慰謝料  となる。

重油抜き取り作業は2007年3月現時点、まだ実施されていない。
漁民への慰謝料は、「漁業に出れなかった日数×平均日給」が補償額になる。

タラバハン村でも補償額の申請が進められ、村人は2月頃までに平均12,000ペソの補償金を手にした。
日給が200ペソとして3ヶ月漁業できなかったので、12,000ペソという計算だ。


お粗末な行政からの食糧援助


8月11日から9月15日までの期間で、ヌエババレンシア町からバランガイ・サンロケの住民に支給されたのは、コメ2キロと缶詰6缶(しかも1回のみ)だった。
政府は「国難」を宣言することで、緊急災害予算を拠出したはずですが、末端の住民になんの恩恵もありませんでした。
「住民ひとりひとりに必ず届く支援をして欲しい」−−村の人々からのこうした声を聞き、LOOBによる草の根援助が始まったのである。


避難センター

8月30日〜10月31日までヌエババレンシア町カバラグナンというバランガイでは、小学校に避難センターを設置し、45家族がそこで生活した

当ホームページ掲載の記事、写真、ロゴ等の無断掲載を固く禁止します。
Copyright (C) 2001-2007 Love Our Own Brethren (LOOB) Inc. All Rights Reserved.