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第3回ワークキャンプの記録

第3回ワークキャンプ(豚小屋) 期間:2002年8月21〜31日
開催地:ギマラス島ブエナベンシャ町サンロケ・タラバハン村
参加者:日本人9名、比人5名、スタッフ十数名

・ワーク(豚小屋の建設)
・ホームステイ
・現地小学校訪問
・ジャパニーズナイト/フィリピーノナイト
ワーク・プロジェクト(豚小屋の建設)

ギマラス島の村で現金収入を作るため養豚プロジェクトを開始。ワークキャンプでは母豚が入る小屋を建設しました。セメント作りからニッパ椰子までキャンパーと村人が協力して作りました。養豚はホストファミリーの6家族が共同で運営中です。

参加者の声

1. Maki
◇1 タラバハン村と私の住む東京とでは徹底的に違うところがあった。それは、一人ひとりを取りまく空気である。くしを梳かすだけの洗いっぱなしの髪の毛や、いつから着てるのか分からない穴のあいた服も、化粧をしないその顔も、彼らを通して見ると全てが自信で満ちていて、そんな彼らがとてもかっこいいと思った。いつまでも見ていたいと思った。
  普段、物質的に満足を得ようとしがちな私は、彼らと触れ合っているだけで大満足になることができたのだ。これ以上に必要ものはあるのだろうか、と。生活をしていくなかで、明らかに不便だと分かっていながらも文句ひとつ言わずにこなしていく彼らの姿や、何に対しても真剣な目つき、話している時の優しい顔には、ここで育ってきた自信と誇りがつきまとっているようだった。そしてそれは、タラバハンの土と緑と水からできた結晶なんだと思う。
  私たちはいくら物質的に彼らより優っていても、彼らと裸で向かい合ったとき、対等に立つことができない気がしてしまった。体をはってまで見せてくれる優しさも、誰にも気づかれないような小さな気配りも、さらりとやってしまう彼らが本当にかっこよくて、うらやましくて、素敵だと思った。

◇2 初対面の人にまず、自分は普段何をしていて、何に興味があって、どんなところに住んでいるのかを伝えることが当然だが、私にはそんな当たり前のことさえできずにいた。けれど彼らは、何者なのか分からない私にも強引といっていいほどぶつかってきてくれたのだ。それがすごくすごく嬉しかった。フィリピン人とすんなり溶け込むことができたのも一番初めの印象が良かったからだと思う。マニラからイロイロへ着いた時のあの出迎えと、その後フィリピノリーダーと一緒に食べた昼ごはんは、私にとってとても衝撃的なものだった。特に、私と絢子の何から何までいつも気にかけてくれていたリーダーのMJに、心の底からありがとうと言いたい。そして、私が風邪をひき寝込んでしまった時、英語をろくに話せない私を看病するのは本当に大変だったと思う。それでも我が子のように心配し、ずっと看ていてくれた彼らの愛情を、私は一生忘れない。

◇3 私がここで体験し、見て、感じたことは何かしら形にしていくつもりだ。タラバハンを訪れた数少ない日本人の一人になれたことを強みにしていきたい。今回、日本を知るため、日本以外の国の良さを知るため、日本のことを伝えるためが、このワークへ参加した理由の一つだったが、私は日本について語ることができなかった。だから、今後の交流でそれを徐々に伝えていきたい。そして私は、彼らの笑顔に負けないくらい毎日笑って過ごしていこうと思った。そしていつの日か、彼らの心の支えになれたらいいと思う。
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2. Takashi
◇1 僕はこのワークキャンプに参加する前、僕は一人でなんでもできると思っていた。いつの頃からこのように考えるようになったのかは分からないけど。僕は高校生のとき陸上部に入っていた。専門種目は走り高跳び。チームメイト同士で応援したり、かけがえのない友達も陸上を通して得ることができた。しかし試合中ではチームメイトからの応援はあるけれど競技を行うのは誰でもない自分であって、友達じゃない。結局試合に勝てるか、負けるかは日ごろの自分の練習、生活がものをいう。そういう少し厳しい面も陸上を通して分かったことでもある。その後部活が終わり、大学受験が始まる。大学受験も他でもない自分が受験するのであって誰もテスト中助けてはくれない。大学生になり一人暮らしが始まると、自分自身で食事を作り、洗濯をしなければならなくなった。始めはかなり手間取ったが、今年で2年目ともなるとある程度のことができると思っている自分がいた。
 このワークキャンプに参加して、僕は自分自身で何でもできるわけではなく、自分のできることをし、できないところを人に手伝ってもらい、頼りにしてもいいことを分かったような気がする。例えば、僕が砂を運んでいるときも、「疲れたか?代わろうか?」と気にかけてくれる人がいた。最初僕は自分の仕事は自分でするという意識から、どうしてそんな風に言えるのかが分からなかったが、徐々にこの自分にできることをするということが分かり始め、協力するという行為を改めて再認識させられた。

◇2  最初にコミュニケーションを図ろうと話をしたとき、もう自分の英語の力の無さに嫌気がさした。中学、高校、大学と英語を勉強してこんなことも意思疎通ができないものかと思い知らされた。だけどワークが始まると、英語が話せる、話せないということは思っていたよりも大きな問題ではなくなっていった。なぜなら一緒に同じ目的のために作業する中で、つらい顔をしたり、笑った顔をしたりしてお互いの間にあった壁が少しずつ壊していくことができた。
 最後にはわずか10日間にも満たない間一緒に生活しただけなのに、多くの人が僕たち日本人キャンパーのために涙を流してくれた。ここまで日本人、フィリピン人という違いを意識しなく家族の一員となれたのも、同じ目標のため一緒に同じ作業をしたからだと思う。

◇3 この経験はとてもじゃないけどすべてを言葉に表すのは難しく、この経験を今後の生活にどう活かしていくかということは、その場面に出くわさないと僕はとてもじゃないけど想像もつかない。でも今僕が思っていることは、これから生活していくうえで僕が以前の自分と比べたとき、前の自分よりも5ミリ成長している。そんな生活をしたいと思っているし、その生活をする上でこの経験は無くてはならないものだということ。これから生活をする上で様々な事柄にこの経験が頭をよぎり、様々な僕の行動に作用するだろうと思っている。
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3. Genki
◇1 私がタラバハン村で気づかされたことは「人は共同体の中で生きている。」ということです。これは当たり前のことなのですが、もし私が今回のワークキャンプに参加していなければ身をもって経験することはなかったかもしれません。頭で理解することと体で体験することは全く価値が違います。そしてタラバハン村の共同体はかなり温かくとても心地のよいものでした。タラバハン村にいたときは皆が助け合いつつ生きているのだなぁと実感しました。それはそれぞれ皆の一生懸命働いている姿を見ていたからかもしれません。正直、僕の周りにはまだ働きたくないし、もっと遊びたいからという理由で大学へ進んだ人もいます。このように一生懸命で生きてなくても日本に住んでいればご飯を食べていけます。私はそういう時代が好きではありません。だから私はどのような時代でも一生懸命生きる道を選びたいと思います。
そして、あともう一つ学んだことは「感謝」です。日本に帰った今でも絶対に忘れません。皆がいてくれたから今の私がいるということを…。

◇2 フィリピン人との交流やワークの内容はほぼ満点ではないでしょうか。ホストファミリー、スタッフや村人はとても明るく、英語の話せない僕であっても温かく迎え入れてくれました。日本人2人と現地リーダー1人でホームステイをするというシステムもよかったです。英語が聞き取れなくて不安になった時もあったけどMAIKとタカシのおかげで何とか問題解決できました。
ワークはブロック&砂運びが辛くヘトヘトになった時もありましたが、その分完成したときの達成感は言葉では表せないものになりました。ピガリーに自分の名前が刻まれているというのも誇りに感じています。

◇3 今回のワークキャンプで私は日本では得られないものを得ました。けどそれは道具のように使用したりしなかったりできるものではなく、内面化させて離せない価値観や考え方のようなもので「活かさない」という選択肢はないものだと思います。
私は視野の広い人間になりたい。この想いが動機でワークキャンプに参加しました。そして、よい経験をさせてもらって自分が少し変わった事に気づきました。これはなりたい自分になる一歩になったのではないかと思います。これからも機会を作って自分の知らない世界を体験したいと思っています。
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4. Misako
◇1 今回で2回目の訪問となるタラバハン村。村の人々はみんな暖かく、私たちを迎えてくれました。前回参加したときも、一番印象に残っていたのが、みんなの笑顔でした。普段の生活の中で、私はいろんな笑顔を使い分けています。要するに、作り笑いをすることが多くなりました。ですが、タラバハン村にいる間の笑顔はホントの笑顔でした。村の人々の屈託のない笑顔を見ると、社会に染まってしまった自分の汚れが取れるようでした。あの質素な生活の中には、人間が最終的に一番求めるものがあると思います。それは人それぞれ違うでしょうが、私の求めているものは、確実にそこにありました。日々の生活の中で、自分は何者?と思うことがあります。私は、タラバハン村での生活を通して、自分がいったい何者なのかを、見つけるチャンスを得たように思います。人として生まれた限り、精一杯生きたい。そう強く思いました。

◇2 フィリピン人はみんなホントに親切、そして心配性。一人で出来るよ、大丈夫だから・・・面倒見がやたらといい。日本人はどちらかと言うと、なんでも1人でするところがあるから、少し子ども扱いされてる気がして恥ずかしくなる。そんな、フィリピン人といると私は、ほっとする。1人じゃないよって感じます。仕事に関してはどうでしょう・・・。ここで、フィリピン人と日本人の差が大きく出たのではないでしょうか。十分すぎる休憩、十分すぎるおしゃべり、ゆっくりと働く彼らのスタイルに、少し苛立ちを感じたのは、workaholicな私だからでしょうか。ま、最終日には、私もフィリピンスタイルに染まっていましたが・・・。

◇3 もうすでに私の中では、この経験により新しいものが生まれています。「私はこの経験を○○に活かします!」ということは特にないかもしれません。ですが、自分の中で自分が大きく変わりました。それは、仕事にも私生活にも、活かされています。
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5. Natoo
◇1 今回のタラバハン村の生活から、現代我々がどれほど恩恵を与えられて生活をしているのかよく分かりました。普段の生活の中で当たり前のものである「水道・電気・ガス」が存在していないので、全て自分でまかなわなければならず、生活していて不便に感じることが多々ありました。自分一人の力で生きていくことは不可能であるということが解り、友人・家族のありがたみを実感しました。現代ではちょっと小腹が空いたらコンビニへ、いらないものはごみ箱へ。と、物質にあふれていますが村での生活では全てが生きていくための必需品であり、工夫次第で不要なものも必要なものへ変化していました。強く感じたのが、村人たちはごみを出すということをあまりしなかったことです。ごみを出すのは我々日本人ばかりで、そういった点が豊かさの差というか、感覚の違いなのでしょうね。ホームステイ先でごみを出すと「ハテナ」という顔をされたのを覚えています。

 日本と村での生活で最も異なる点はやはり医療でしょうね。私個人の話になるのですが、ホームステイ中にナマモノに中り、今まで生きてきた中でかつてないほどの腹痛に襲われ、いくら水を飲んでも汗がでない・水がそのまま体から出てしまうという完全な脱水状態と、過度の下痢に見舞われました。そんな時日本では確実に救急車を呼ぶか、近所の病院に駆け込むでしょう。しかし救急車は存在しないし(田舎なので)、病院はとても離れたところにあるので普段の村の生活では緊急の事態には備えきれないと思います。また一種のまじないとして、頭に葉っぱを巻きつけたり、十字架を体に刻み込む等のことはしましたが、効果はなかったと思います。(気持ちはとてもうれしかったです。今でも感謝してます。)医療というのは人間が生きていく上でとても大切で、必要不可欠なものであるということが解りました。以上のように日本では当たり前のような生活が、村では当たり前ではないのです。我々が普段どれだけ幸せな生活をしているのか、またどれだけ無駄をしているのかを認識することができました。

◇2 フィリピンはアジアで一番幸せな国と称されるほどの笑顔あふれる国である。その理由はカトリック信仰による神様への感謝からきているものなのだが、とにかく人々は笑顔でバイタリティーにあふれている。うつむきかげんで地面ばかり見ている人は見かけなかった。そんなフィリピン人とのワークや交流は楽しいとしか言いようがない。ワークしている中でも冗談が飛び交い、笑顔が絶えない。自分が辛いワークをしていても笑顔で励ましてくれたり、辛さを分かち合い、共有してくれた。遊ぶときはこれでもかというほど遊ぶ。遊ぶのが辛いというほど遊ぶ。笑いが絶えず、なんでも冗談にしてくれ、笑顔いっぱいの毎日で幸せだった。遠い日本からボランティアでやってきた我々を温かく迎えてくれ、フィリピンの習慣や、言葉を親身になって教えてくれた。ここまで温かい生活は日本では決して体験できない。もう一度照りつける太陽の下で彼らと一緒にワークがしたい。もう一度彼らと一緒に座って夕日が沈んでいくあの美しい景色を眺めたい。ありがとう。サラマット…

◇3 私自身大学で貧困克服をテーマに勉強しているので、今後の勉強の参考になることは間違いないのですが、それ以上にあの日あの時あのメンバーでフィリピン人とワークや交流を楽しんだことは決して忘れることがないでしょう。一生の思い出です。経験をどう生かすかというよりもむしろ、充実した楽しい生活を送れたことへの感謝の気持ちと、もう一度あの場所に戻りたいという気持ちでいっぱいです。子供たちとの楽しい遊び、大人たちの冗談、辛くても楽しいワーク、温かいホームステイ先と友人。陳腐な言葉ですがどれをとっても大切です。今回のこの経験は生活の中で生きるというよりも、自分自身の生きる糧となり、確実に一段階成長することができました。このワークキャンプをやり遂げたと(腹痛で二日寝込んでいましたが)胸を張って言うことができます。それが自分の経験であり、誇れるものです。
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6. Junko
◇1 タラバハン村で生活をしてみて、思ったことは限られた環境の中で各人が楽しさを見つけ出しているような気がしました。子供達は、輪ゴムや古タイヤを棒で転がしながら遊び、限られている物で遊びを見つけている。大人の人達も、家に冷蔵庫などが無くてもCDラジカセがあり、常に音楽を流して、口ずさみながら楽しそうに洗濯や家事をしていました。私もそうだけど、日本にいると次々と物欲が出てきて、新しい物を買って、消費することで楽しさを味わっている時がある。タラバハン村の人々のように、物が十分にない現状の生活の中でも楽しく生活はできるのだという事を学べました。

◇2 フィリピン人と交流をしてみて、「日本語でこれ何て言うの?」と作業中に何度も聞かれることがあって、日本に関心を持ってくれている事が嬉しかった。正直、私は過去の大戦中に日本がした事を根に持っている節があるのではないか?(村なので尚更)と思って、どんな風に接してくるのだろうと不安な面も多少ありました。でも、そんなことを心配していたのがバカバカしくなるほど、ホスピタリティーに溢れていました。私のホストファミリーの家は丘の上にあって、その家に行くには崖を登らなくちゃいけなくて、毎回、ナーナイやジェニーに手をとってもらいながら登っていました。そして、トイレに行く時もちょっと大きな段差がある所を降りるので、ナーナイが一緒に来てくれました。もし私の家に外国人が来てもここまでの待遇はできないなぁと思います。

 ブタ小屋とベンチ作りとのワークを一緒にやっていて思ったことは、とにかく男の人がすごく力持ちということです。ブロックを軽々と3つ肩に担いで運んでいる姿には感服でした。あと、ベンチのペンキ塗りをして、ペンキの入っている容器とハケが人数分無く、すごく効率の悪い作業だなぁと思っていると、フィリピン人がココナッツの実を使って容器を作り、竹の枝の繊維を裂いて即席のハケを作った事にも感服でした。フィリピン人の生活の知恵だぁと思いました。それから、Filipino Nightではボランティアのみんなの出し物がとても手の込んだもので、とっても楽しませてもらいました。笑いのツボが日本人とあまり変わらない感じがして、違う国の人なのに身近に思えました。

◇3 日本では、水道の蛇口をひねれば水が勢いよく出てくるけど、タラバハン村のホームステイ先で使う水は全部タータイが毎朝、何往復もして水を汲んでくるものだった。だから大きな壺に溜まっている水がどんどん減っていくのが目に見えて、タータイの大変さを考えれば無駄遣いはできなかった。
日本でも目には見えないけど誰かの手が加わって、各家庭に水がきていることを考えれば、ましてや水を買っているわけだから無駄遣いはできないなと思いました。毎晩、意味のなくシャワーのお湯を出しっ放しにしていた、今までの生活を改めなければと反省しました。それから上記でも書いたように、限られている物の中で生活をしている村の人々を見たら、壊れたらすぐに買う、飽きたから新しい物を買うという発想はやめようと思いました。

 NGOというと、今まで巨額のお金を投資して対象となる人々が本当に必要としていない活動をしているという消極的なイメージがあったけど、LOOBの活動はホントに村の人々に喜ばれるような活動をしているなぁと感じました。タラバハン村以外の人々は、「日本人が来てブタ小屋やベンチを作った」という事を知らないと思うけど、こういう活動が本当に必要とされているものだと思います。
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7. Tetsuji
◇1 出発する前は電気、ガス、水道がない生活なんて想像できなかった。日本ではスイッチを入れれば電気がつき、火がつき、蛇口をひねれば水が出てくる。こんな生活が当たり前であり、これを便利だなんて思っている人はほとんどいないだろう。少なくとも僕はこれが普通であると思っていた。そんな普通を持って僕はタラバハン村に行った。しかし、そこで僕の普通は普通ではなくなった。電気を通すには発電所から電気を運ぶために電柱を立てたり電線を張ったり、ガスや水道を使うためにはガス管や水道管を設置しなくてはならない。また普段何も考えずに使っている電気や水などにはお金がかかっているわけで。タラバハン村では、つい最近電気が通ったらしく外灯などはないにしろ最低限の電気があった。最低限というのは部屋の明かりのことだ。しかし、僕らが訪れたときは夜寝るときに普段は使わないらしい扇風機を付けてくれた。普段は使わないというのは、暑くないとかいう理由ではなく、お金がかかるからだ。タラバハン村は、確かに貧しい村ではあった。しかし、決して幸せが存在しない村ではなかった。少なくとも、僕がタラバハン村で過ごした時間は幸せそのものだった。
 僕はこのタラバハン村の生活から、自分の生活環境がとても恵まれているのだということに気付かされた。まずここには、仕事がある。僕の年齢でもアルバイトをすれば月に何万円も稼ぐことはとても容易なことだ。しかし、それが幸せということにはならないということをタラバハン村で学ぶことができた。確かにお金は大事だとは思う。しかし、お金が全てではないということがタラバハン村でよく分かった。

◇2 最初は英語が全く話せずになかなか交流することができなかったが、そんな僕にも呆れずに何度も話しかけてきてくれたお陰でだんだん相手の言っていることが理解できてきて会話もすることが出来るようになった。フィリピン人の人達はみんな良い人ばかりで本当に毎日楽しかった。特に子供達はみんなかわいくてかわいくて仕方がなかった。
 ワークではフィリピン人の人たちの働きっぷりに驚かされっぱなしだった。まず、あの筋肉はなんなんだと思った。それでも、自分なりに一生懸命がんばってだんだん形になってくると嬉しかった。とくに豚小屋ができて、その壁に自分の名前も刻んでもらったときはとても感動した。

◇3 そんなに大それたことは出来ないが、世界にはまだまだ助けを必要としている人がいるということを心の片隅にいつも置いて生活していきたい。コンビニで募金をしたり、もし機会があれば、またボランティアに参加したりもしたい。
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8. Ayako
◇1 今回のワークキャンプは私にとって初めての海外での滞在でもありました。本当に全てが新鮮で、特にタラバハン村でのホームステイでは、生活の中で体験するあらゆることに驚きと感動を覚えました。初めてのお風呂、初めての食事、初めてのトイレ、彼らの生活の一つ一つに驚き、感激していました。

 一番感じたことは、無駄のなさでした。日本のように物があふれた社会では、何でも簡単に手に入れられるし、捨てられます。でも彼らは、少ないものを大切に使い、一見もう使えなそうなものでも修理することでまた使えるようにする。ワークの時網を使って土をふるい、細かい砂だけにする作業をしました。何度もふるっているうちに、網には所々穴が開いてしまうようになったので「網を変えて欲しい。」と言ったのですが、彼らはナイロンの糸を取り出して「これで穴を塞げばいい。」と渡してくれました。それからは穴が開いては糸で縫ってまた使うということを繰り返しました。そういった物を大切にする姿勢をワークや生活の中で何度も見て、自分の日本での生活を思い返していかに無駄が多く、物を粗末にしてきたかを実感しました。彼らは決して裕福ではないけれど、私たちにたくさんのすてきな笑顔と優しさをくれました。

◇2 毎日ワークを終えてホームステイ先に帰ると、私達日本人が生活するうえで不便だと思う場所を直してくれていました。何を言うわけでもないのに、きちんと見ていて気遣ってくれた家族の温かさに、最初はコミュニケーションがとれないことに落ち込んでいた私は大きく心を打たれました。本当に豊かな生活というのは単に物質の豊かさを表しているのではないと感じました。もちろん、生きていくためには物やお金は必要です。実際、決して楽な生活ではないということを家族の言葉の節々などから感じました。お金がないから勉強したくてもできないとか、ちゃんとした服も買えないということを言っているのを聞いて自分の生活を見直すこともありました。でも本当に大切なことは心の豊かさだと思います。言葉でばかり意思の疎通を図ろうとしていた私は、日がたつに連れて所々で感じる家族の気遣いや優しさに、心から感謝の意味をこめて「ありがとう」というだけで彼らが自分の気持ちを分かってくれることに気づきました。そういった心の温かさをくれた家族の人々、村の人々に心から感謝しています。

 また、村の子供たちには本当に癒されました。あんなに人懐っこく、笑顔の可愛い子供たちを初めて(といったら大げさかもしれませんが)みたように思います。飾らない笑顔が彼らの最大の武器でした。あの笑顔で寄ってこられたらどんなに疲れていても思わず一緒に笑っていた自分がいました。彼らこそきついワークの疲れをとる栄養剤でした。                     

◇3 このキャンプが始まる前、何度も迷いました。今まで、何に対しても消極的だった私に、知らない人たちと10日間一緒に生活できるのか、初めての海外で何か問題が起きないか、など色々考えては不安になっていきました。でも今、本当にいい体験ができたと、今年の夏休みに充実感を覚えています。タラバハン村での生活や、今回知り合ったキャンパー達は私の人生の中で大きな宝物になるでしょう。そしてこのワークへの参加は私にとって新しい一歩。今回、今まで自分の知らなかった場所や人々、文化にふれ世界は広いと感じることができたことでもっと世界を見てみたいと思えました。そういうきっかけを与えてくれたLOOBに感謝します。今回のようなキャンプを続けて、多くの人が新しい何かを発見できたらいいなと思っています。本当にありがとうございました。
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9. Chika
◇1 タラバハン村での生活は日本での生活と何もかもが違っていて、とても新鮮で刺激的でした。おかげで、日本に暮らしていたら経験できなかったであろうことばかり体験しました。中でも特に日本と違っていると感じたことが三つあります。
  
 一つ目は物が少ないこと。日本では便利なものや、それに関する情報があふれていて、中にはそれが本当に必要なのかどうかも分からなくなってしまっているようなこともあるくらいです。そんな環境からタラバハン村へ行ったので、最初のうちは物の少なさとその簡素な暮らしぶりに戸惑いました。こんなに物のないところでどうやって生活していくんだろう?と思いました。しかし、村の人々と一緒に生活していくうちに、彼らはないものは他のもので代用したり、自分達で作ったりと工夫して逞しく暮らしていることがわかりました。例えば、日本人キャンパー、フィリピン人キャンパー、スタッフ、村の人達でビーチに行ったときの話です。その日はあいにく雨が降っていて、とても寒くて泳ぐどころではありませんでした。(それでも泳いでいる人もいましたが。)もちろん誰も雨よけのテントなんて持っていませんでした。日本人ならここで諦めて帰ってしまっていたと思います。しかしタラバハン村の人々は違いました。その辺に落ちていたビニールや棒きれを拾ってきてあっという間に即席テントを作ってしまったのです!そうして冷たい雨をよけ、火をおこしておいしい昼ご飯にもありつけたのでした。私はそんな彼らを見ていて、生きていくために本当に必要なものはそんなに多くないんじゃないかと考えたりしました。そう思うと、日本の生活にはどんなに無駄の多いことか。
 
 二つ目は村の人がみなで助け合ってともに生活していることです。私が見ていた限り、あらゆる仕事をいく人かで協力し合ってするか、あるいは手伝わなくてもそばで誰かが見守っていました。彼らが一人で仕事をしているのを見た記憶がありません。私自身も村にいる間一人でいる時間は全くと言っていいほどありませんでした。ホームステイ先のおうちではフィリピノキャンパーとホストファミリーが、ワーク中はフィリピノキャンパー、スタッフ、村の若者達がいて、それ以外の時は常に子どもに囲まれていました。(きっと日本から来た珍しいお客さんにはしゃいでいたのでしょう。子どもと言えば、年上の子が自分より小さな子の面倒を見てやっているのをよく見ました。小さな子どもでさえ、家族の一員として協力すると言うこと心得ていて感心しました。)いつもそばに誰かがいる状態だったおかげで、もし私が何か困ったことがあっても必ず助けてもらっていました。今思えば、ワークキャンプ中一度もホームシックにかからなかったのはそのおかげだったのかも知れません。この共同型の生活スタイルは、一人一人がそれぞれの仕事をし、マイペースで自分の生活をしている日本人とかなり違っています。 
 
 三つ目は、村の人々は毎日の生活を楽しむのが上手だということです。これはたぶん、フィリピン人全体に言えることかと思いますが、彼らは陽気で冗談好きでなんでも笑いに変えてしまう才能を持っています。私もずっと彼らに笑わされっぱなしでした。日本での生活で自分はこんなに笑っていたかな、と較べてみると彼らの才能はやっぱりすごいものです。
 フィリピン人との交流を今回のワークキャンプという形でできてよかったです。フィリピンを訪れたのは2回目だったけれど、1回目に滞在したマニラとはまた違ったフィリピンの側面を見ることができました。ホームステイさせてもらったことで、彼らと家族や友人として接しうちとけた間柄になれたと思います。実は、私はボランティア活動に参加したのはこれが初めてで、参加前には「かわいそうな人達のために"してあげる"のがボランティア」というイメージを持っていて、キャンプ中私自身もそう感じてしまうのではないかと心配していました。しかし、実際参加してみて、私は「かわいそう」とも「してあげている」とも感じていませんでした。それは、彼らがとても魅力的で同情の対象にはなりえなかったし、私も彼らから得るものが多かったからです。そしてその魅力を感じられたのはこのような形で彼らと交流したからこそだと思うのです。今後も、私は私なりのやり方でフィリピンに触れていくつもりです。このワークキャンプはこれまでの私の気の迷いをふっ切ってくれました。具体的にはまず、フィリピンへ留学するつもりです。その後のことはまだ分からないけど、フィリピンに関わり続けていたいです。それに足るだけの魅力を持った人達の住む国だと知ることができたから。

 最後に、フィリピンの魅力を知るきっかけをくれたLOOBに感謝したいです。そして、フィリピンの、フィリピン人の素の姿をダイレクトに見せてくれたホストファミリー・フィリピノキャンパー・スタッフ・村の人々、それにいろんな刺激を与えてくれた日本人キャンパーに出会えてよかったです。私にとってとても実りのある2002年の夏でした。

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